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震災復興ボランティア

 <1日目>

 朝早く家を出る。今回ボランティアツアーとしてお世話になる「RQ市民災害救援センター」の東京本部がある、西日暮里へ。着くとすでにほとんどの人が集まっていて、直接バスのなかで受付。バスの運転手さんも案内人も皆ボランティアだという。30人ほどが乗り込んだところで出発。

 隣の席の、愛知にある福祉大学の学生さんと仲良くなり、着くまでにいろいろとたくさん喋った。発達障害やその他の問題を抱えた子ども達のフリースクールで働くために勉強中とのこと。春に行った「皮むき間伐」ツアーも今回も、福祉の仕事をしている人の割合は多い。

 夕方、宮城県登米市にある小学校に到着。この敷地全体がボランティアセンターになっているのだが、つい最近までは体育館しか使用できなかったそうで、物資の横で寝ていたとのこと。食堂で夕食、仮設シャワールームで順番に身体を流す。

 やがて体育館で夜ミーティング。全員で100人ほど。各現場の活動報告と明日の募集人数の発表。募集は各地とも意外と少なく、行こうと思っていた地区ははじめから締め切っていた。その後のチーム分けで、南三陸町の歌津地区に明日からいくことになった。

 お盆休みで今は人がいちばん多く、やりたいことができるとは限らない。なるべく肉体労働に従事したいと思っていたので、明日の歌津のセンターでのテント泊を希望し、その地区に専念することにした。

 23時消灯。教室にマットや寝袋を敷く。近くのひとのいびきがベンガルトラ並みにうるさくて眠れない。イヤホンで耳を塞いだり寝袋ごと場所を移しても、蒸し暑いこともありますます駄目だった。ほとんど眠れなかったような気がする。明日からが心配。

 <2日目>

 6時起床で朝食。あまり寝てないのに不思議と回復している。朝ミーティングを待たずに7時半頃出発。バスと、一般車2台で南三陸町歌津地区へ向かう。重機によるがれき撤去がかなりすすんでいたが、ある場所ではがれきが20メートルくらい高く積まれ、ひとつの山のようになってしまっていた。

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 下はかつての公民館。屋根にはがれきが残る。その後ろの丘の上にあるのは小学校。ここのグランドや校舎の方にまで津波が押し寄せたそうだ。海の傍に立ってその高さの津波を想像して、思わず空を見上げる。自分が海の底にいる気がする。

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 9時半頃から作業開始。漁師さん(赤い帽子の人)の漁で使う定置網が、津波によって森の中に流され、絡み付いてしまったのをすべて抜き取るという作業。写真は説明を聞いているところ。

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 土砂に埋もれた網を、木の破片やトタンの板、牡蠣や金属破片などを取り除きながら取っていく。さらに網と網が絡まっているのを皆でほぐしていく。網が水分や土砂を含んで重く、かなりの重労働なのですぐ息があがる。こまめに水分補給。途中、漁師さんのお母さんがアイスの差し入れをしてくれる。

 昼ご飯は朝自分で作ったおにぎりを食べる。明るいうちに作業終了。まだ夕食までだいぶ時間があるので、近くの中学校にある洗濯機で汚れた服を洗う。そこにいたおじいちゃんにいろんな話を聞いた。

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 夜になり、ご飯を食べた後、夜ミーティング。ここに滞在しているのは15人ほど。はじめから長くいる人から、ボランティアの装備がこのごろなっていない、という苦情あり。

 中学校の自転車置き場をバイオマス風呂に改造したところへ行く。人が二人入れるコンテナを2つ並べた、しかも少し傾いたお風呂。たくさんの人が入ったのか、お湯もかなり汚れている。それでも入れるだけ有り難い。最近までこの中学校が避難所だった(まだ少しいる)ので、みんなこうやって苦労して入っていたんだなぁと思う。少しみんなで飲んで、就寝。テントの寝袋に入って、5秒後には寝た。

 <3日目>

 今日の朝食担当なので5時半に起きる。どちらかと言うと、慣れているアマイさんの補助。アマイさんは近くのコンビニで、自費で食材を足してくれた。目玉焼き、ベーコン、サラダ、コンソメスープ、パン、コーヒー。皆でラジオ体操もした。

 朝ミーティング後、登米からの大人数の到着を待って出発。昨日と同じ、網の抜き取り。昨日、土砂からかなりの網をほぐしたぶん、100メートルの束が抜き取れる糸口が見えてくる。午前中いっぱいかけてだいぶ進んだ。しかし昨日の疲れで体が固い。

 昼休憩、歌津のセンターに戻る。カレーの保温とパンを焼くのに、ソーラークッカーを使っていた。ステンレスの箱を太陽に向けて広げるだけで、なかの食材に熱が加わる仕組みで、かつて浜松のOMソーラーでも体験させてもらったことがある。

 そしてよく見ると、ここには「つながり・ぬくもりプロジェクト」の支援によるソーラーパネルも。7/2の「きこえる・シンポジウム 2011 夏」で皆がしてくれた募金が、ここにも繋がっているのだ。そう思うと、嬉しくなった。このおかげで5月から電気が使えるようになったそうだ。

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 午後は網のクリーニング作業にまわった。海岸沿いの崩れかけた建物で、漁師さんの網が津波で汚れてしまったのをきれいにする作業。ここで僕が加わったときは、一度網を洗ったのか殆どきれいになっていて、建材の細かいウールなどが絡み付いているのを取っていく作業。終われば新品同様、すぐにでも漁に使える網の束がいくつも出来た。でも船がないので、まだとうぶん漁には出れないそうだ。

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 午後、作業を終え、歌津のセンターを経由して、登米へ戻る。網の抜き取りチームは、あともう一息というところまでいったそうだ。登米では一緒に東京から来たボランティアの仲間でも、自主的に掃除をしたり新人を案内したり、お互いに気さくに声がけをしたりするようになっている。もともとが自発的な人の集まりというのもある。シャワー、夕食、ミーティング、皆で憩い、就寝。

 <4日目>

 いろんなわけがあって、朝7時から食堂の古いピアノを使って歌を歌わせてもらうことになる。2曲目を歌い始めたときにはだいぶ集まってくれた。誰かの少しの気分転換にもなれば。
 
 朝食は昨日の昼から3食連続でカレー。そのまま朝ミーティングの司会を担当する。僕はあまり細かいことに気を配れるタイプじゃなく、得意なのは人前で歌ったり喋ることなので、こういうことをしなくてはと。出しゃばりとも言うが。

 身支度をしてバスでそこを出る。実質ちゃんと作業をしたのは2日間。もしまた機会があれば、次は自分の車で1週間くらい滞在したい。車があるとなにかと役立つことがすごく分かった。

 夕方、西日暮里に着く。現地で仲良くなった人やそこで合流した8人ほどで、居酒屋でお疲れ会を。ここ数日、最小限の食事だったので、テーブルに広げたメニューはやたらと眩しかった。話してみると、離島めぐりやダイビングなど、アウトドア好きが多い。どちらかというと部屋で音楽ばかり聴いているインドアタイプは僕ぐらいだ。

 土まみれの完全な登山者ルックで帰宅。一通り片付けて、明日がライブなので少しだけ練習して寝る。

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渋谷7thFloor

 ピアノを客席の中心に配置し、エアコンを消して窓を全開して音楽を聴くという、夏らしい好企画。渡辺シュンスケくん、小田晃生くんと。

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きこえるシンポジウム 2011 夏

 朝から今日の準備をいろいろ。重い荷物を持って電車を乗り継ぎ、15時ごろ会場入り。リハや会場準備、打ち合わせをして18時スタート。

 まずはHARCOピアノ+Quinka朗読による20分。こういった試みは初めて。ピアノは「音とかたち」やチャリTVのsave the children動画のための音楽など。詩は今日の主旨に合いそうなものを、僕もいくつか選ばせてもらった。

 枝廣淳子さん、山村光春さんとのトークは盛り上がり、予定時間を少しオーバー。内容は後日シンポジウムのページでも要約して紹介したい。エネルギーの量と質について、アンペアダウンとのこと、再生可能エネルギーのこと、エネルギーの幸せにつながる使いかた、などなど。

 休憩はさんでチャリTVのことや、改めて促進法のことを山田エイジさんから熱く。自分の地元の政治家に、党派を問わず直接どんどん僕らが働きかけていいんじゃないか、など。

 そのあとはライブ。終わったら21時半!いつもより30分長いタイムテーブルだが、それでもやっぱり30分おしてしまう。足っている人はもちろん、座っていた人もお尻が痛かったかな、と思う。9回目以降の課題。

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(写真:水野聖二)

後半のセットリスト

1 がれきのれきし(HARCOひとり)
2 ここにいるよ(空気公団カバー、Quinka加わる)
mc
3 トワイライト(GOING UNDER GROUNDカバー ここから3人)
4 slow rag slow life
5 箱庭のオーケストラ

ここで照明ダウン、キャンドル点火

6 キャンドルナイト
7 デイドリームビリーバー(タイマーズのカバー)

ここでPAもダウン→生の音で

8 おおきな古時計
9 サンキュー

アンコール

1 やぎさんゆうびん
2 Green Cutain House

 打ち上げでは今日のことを振り返りつつ、原発のことや、それを詳しく流さないテレビの話、菅氏と孫氏(三国志みたい)を足並みそろえて叩き始めた週刊誌の話も出る。アップリンクなどの環境問題関連の映画に満席が多く、若い人だけじゃなくて、年配の人も探し当てて見に来るとのこと。みんな独自に勉強してる。

 福島出身のスタッフから、辛抱強いことも良いが地元がNOをもっと言うべき、東北からリーダーがもっと生まれてほしいとの意見に強く同感。終電に乗り、地元の店でも少し飲み、帰宅して3分後には夢の中。

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3.11の地震

 しばらくブログを書けていなかったけど、久しぶりの更新がこんな内容になろうとは。



 3月11日の午後2時46分、あの地震があったときは自宅スタジオでとあるレコーディングをしていた。紙袋やペットボトルをくしゃくしゃ丸めてその音をマイクで録音し、サンプル素材を作ろうとしていたのだ。

 少し揺れ、いつもの癖で開いているパソコンで速報を調べようとした。すると揺れが増してくる。スタジオのドアを開けて、まったく気付かずに歌をハンドマイクで録音しているQuinkaに呼びかける。揺れがさらに増す。建物の肩の部分を大きな巨人に揺さぶられるような感じ。

 倒れそうなリビングの棚を押さえる。本がドサドサと崩れ落ち、キッチンの棚からコップが次々と落ちて割れる音が響く。大きな船のドックで強い波に揺られているような気持ちになってくる。暴れる旗を掲げるポールに掴まりながら、この船は駄目だ、逃げようと思う。

 しかし揺れは一旦おさまってきた。そのかわり電気が止まった。激しい鼓動を手で押さえながらドアや窓を開ける。お向かいに長く住んでいる老夫婦に声をかける。こんな揺れは今まで初めてだと言っている。部屋に戻ると、いつのまにか水もガスも止まっていた。

 震源地はどこだろう。昨日地震があった東北だとしたら、こっちまでこんなに揺れないはず。すると窓の外からアナウンスが聞こえてきた。川崎市〜区の震度は5強、〜区は5弱。それを聞いて震源地は今いる川崎だと勝手に判断してしまっている自分がいた。早くも気が緩み、カメラで部屋中を撮影した。



 すると2回目の同じような揺れ。再びコップたちが落ちそうな食器棚を横目に、今度こそ逃げようと思う。すぐ近くの公園にいくと街の人が数十人集まっている。ある男性が、携帯のワンセグを見ていたので見せてもらった。宮城県みたいですよといいながら画面を見せてくれる。津波で車が流されている。スマトラと同じ景色だと思い、一瞬で顔が青ざめた。

 仙台にはGOING UNDER GROUNDのサポートで1週間前にいたばかりだ。そのまえには盛岡や秋田にも回った。そこで会った人たちの顔がすぐに浮かぶ。自分の仙台アトリエモーツァルトやBack Page、ennのライブに来てくれていた人たち、そしてそこで働くひとたちは無事だろうか。

 しかしそれ以降、なんの情報を得ようにもテレビが付かないし、ネットもできない。携帯ラジオも持っていなかった。きっと多くの人がそうであったように、携帯電話で見るツイッター、そしてわずかなニュースが便りだった。

 あたりが薄暗くなってから、電話も繋がらないので両親のもとへ車で直接行ってみた。二人は真っ暗ななか、鍋用のガスコンロを使って夕飯を食べていた。僕と父は二人とも頭にヘッドランプを付けており、行動が似ていて少し笑った。

 さらに夜遅く、都心から徒歩帰宅している友人を車で途中まで迎えにいく。ガソリンはあとわずかだがあとで入れよう。しかしそれから10日間、ガソリンは空っぽのままである。

 翌日のGOING札幌ライブはやることになった。飛行機で東北をまたぐ。今でもこのときの気持ちが忘れられない。日本海よりではあったが、なにもできないくせに雲の上から見下ろしているということが、罪悪感に成り代わって胸に滲む。

 ライブは開始寸前までやっていいのかどうかを楽屋で話し合っていた。議論の末、電力不足と電力ピーク時間を考慮して、前半は完全なアンプラグドというスタイルで始めることになった。本当に偶然だが、このKraps Hallで半年前、素生くんとジョーくんと3人で同じような生音のライブをやっていたのだ。そのときと同じグランドピアノを声が届くように小さく弾く。涙ぐんでいるお客さんはたくさんいたし、僕も何度かこみあげるものがあった。


 
 自宅に戻り、ぐちゃぐちゃのままのスタジオに足を踏み入れる。左右のスピーカーが落ちたのだが、置いてあった台の手前にあるキーボードに一度あたったらしく、鍵盤が3つ、中の基盤が見えるほど壊れていた。試しに電源を入れるが音は出る。

 あらためてテレビで被災地の映像を見る。ネットではおもに海外のメディアがより鮮明な報道を投げかけてくる。死者は2万人を超えるだろう。まさかこんなことになっているとは思っていなかった。

 なくなった方、大事な人をなくした方の思いははかりしれない。瓦礫から救われたひとたち、孤立していた人たち、そして避難所にいる数々の、新幹線で2時間あればたどり着ける距離の人たち。寒さで夜は眠れず、昼に眠るという記事を読んで、思わず暖房を消した。

 ネット上では気丈にまわりを元気づける人たち。しかし字面からは見えない苦悩はみんな抱えているだろう。被災地でない場所にとどまる僕らは、無力感を隠し持って日々歩いている。出来ることが限られているのなら、黙っているよりはいつも通りどんどん働いたり、家のことをしたりするのがいい。誘ってくれたバンバンバザールのチャリティライブは、情けないが自分にとっても救いだった。

 今も自宅のスタジオが揺れるときは、吊るしてあるケーブルの揺れ方を注視する。輪番停電でときには1日に5時間止まる日もあるが、余震以上に停電はこの先かなり長い付き合いだろう。考えすぎてあたふたする時間も多かった。これからはそんなときこそ、静まりかえる街の鳥の声を聞きに、外に出よう。そして被災地の人のことを考えて、空を見上げよう。

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東京工芸大学&SOLE Cafeレポート

 昨年に続き東京工芸大学の領域研究の授業にゲスト講師として参加。講師と言っても音楽の仕事にも携わる橋本助教にいろいろと質問をしてもらって答えるスタイルなので、例えばスティーブ・ジョブスのように時折ステップを混ぜながら雄弁に語るような勇姿にはまだほど遠い。今回はCMの音楽のほかに、ドラマの音楽、「音とかたち」の制作過程などを語り、ミニライブも。

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 いつもこの授業ではアニメーションやゲームの学科の生徒さんが来てくれているらしい。なのでデビルロボッツ作のwinter sports rainbow、北山大介監督のNight Hikeなども見てもらった。ほかに音楽科などもあるが、芸術以外では工学部も存在し、風を使った巨大な装置を構内に見つけてしばし見入ってしまった。新しいエネルギーのあり方や、電子ペーパーなどの端末、介助ロボットなど、これからの世界を担ってくれる人たちがいるんだなぁと思った。

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 さて、昨日は京都へ。行きの時間が30分だけ余ったので京都タワーへ初めて上ってみた。夕暮れ時の街並と遠くの山々がきれい。高倍率の望遠鏡で見ると、遠くの清水寺の舞台を歩く人たちひとりひとりが妙に鮮明で、思わず行った気になる。

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 北大路にあるSOLE CAFEは、もう何度もやっている気がするがまだ2回目だ。近い距離で正面に向き合うのはどうも気恥ずかしく、みんなもそうだろうから緊張を解いてもらうにはまず自分がリラックスしなくてはとずっと考えていたら、すっかり家で寛いでいる心地になってしょうもないことばかりを言っていた。前回もそうだった気がする。それがSOLEスタイルか。

 AKASOから間もないこともあり、意識して番外編に。今思い出しても赤面してしまうようなことも。もうこれからは恥ずかしいこともなんでもやってやる。耳が真っ赤になっていたが、そのままミミマッカシュッケツで倒れるかと思った。

 それから「ソーレカフェの車」という書き下ろしのピアノ曲を演奏した。店長の村田さんが送り迎えしてくれるルノーのヴィンテージカーはとっても可愛いのだが、いかんせん古いせいかエンジン音が凄まじく、とくに前回はマフラーの調子が悪くて時折ブォンブォゴロロロ〜と鳴っていた。その感じをまずは左手で低音で表し、そこに京都の細かい道を駆け抜けるイメージでコロンコロンと右手で弾き、同時にやはり京都ならではの上質な”はんなり”感も表現してみた。これは30日のグランドピアノでもぜひ弾いてみたい。

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 今年はライブの本数を減らすつもりなので、次はいつになるか分からない。昨年末の宇多田ヒカル嬢が引退するわけでもないのに活動休止ライブで号泣してしまうくらい、こちらも切なさが大げさに。帰りがけに再会した京都タワーに、またすぐに来るからと言い残した。

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新年のごあいさつ

 あけましておめでとうございます。先日送ったメルマガ(PCmobile)にも少し書きましたが、昨年は「音とかたち」も合わせれば3回ほどツアーをまわったことになり、それなりにライブの多い1年でした。それと3年ぶりにじっくりレコーディングしたバンドサウンドのアルバムも出せたのは良かったなと思ってます。昔から聴いてくれている人、去年から好きになってくれた人など、いろんな人との時間をライブやアルバムで共有できたことにあらためて感謝したいです。

 今年・2011年は自分にとってどんな形にしたらいいだろうと考えていましたが、今までよりはライブの本数を少なめにして、スタジオのお仕事やGOING UNDER GROUNDのサポートなど、HARCOだけではない音楽の仕事にも積極的に取り組んで、自分の可能性を探る1年にできたらいいなと思っています。それと同時に、長く続けている夏冬のイベント「きこえる・シンポジウム」や、「リストランテ・ハルコ」「喫茶ハルコ」といった、ライブ演奏だけではない企画が今は楽しいので、さらに追求していければいいなぁと考えています。

 オリジナルは少しずつ作り始めていますが、次のアルバムはまだかなり先になると思います。でもこの頃は、閃いたらいつでも口ずさんで録音する、パソコンではなく紙に詩を書く、という基本に立ち返ってみているので、素朴で味のある、言い方によっては人間臭い曲が生まれるかもしれません。気長に待っていてください。というわけで、今年もどうかよろしくお願いします。

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喫茶ハルコ

 9月1日より下北沢mona recordsは「喫茶ハルコ」に生まれ変わってます。monaや各アーティストととびきり贅沢なコラボレーションを展開中! 9/30には「さよならコンサート」を開催し、惜しまれつつも閉店の予定。早っ。そんな喫茶の模様をお届けします。遠方で来れない方のためにも。

 「Lamp&Stool」の表紙イラストを書いてくれた日置由香さんの作品を多数展示。日置さんのイラストは、以前からスローな雑誌などでもよく見かけます。購入もできます。

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 アルバムの中ジャケットや宣伝素材の写真と、この日の展示も手伝ってくれた写真家tsukaoさんと。tsukaoさんもやはり雑誌の表紙や、飛行機の機内誌で紀行写真を載せたり、いろんなところで活躍中。

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 アルバムタイトルにちなみ、照明作家&ボーカリストのPutty.co.,さんにもご参加いただきました。テーブルに数点置いてあり、購入もできます。僕のお気に入りはこれ.

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 楽曲「Two Tone」にちなんだ限定メニュー「Two Tone Plate」。グリルチキンの上にハニーマスタードとバジルペースト、2色のソースが。すっごくおいしい。もう2回食べました。僕はライス大盛りがちょうどいい量。

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 僕の手書きのメニューも。

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 ドリンクにはmonaが作ってくれた日置さんイラストのコースターが付いてきます。もちろん持ち帰りOK。

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 あとは店内で僕のセレクトした小粋なジャズが50曲くらい流れています。かつて下北沢に実在した「ジャズ喫茶マサコ」ほど大音量ではありませんが。そうそう、うちにあったアナログも数枚展示中。PVも大画面で流れてます。いやー、ホントに贅沢。

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"Lamp&Stool" "Two Tone" MV撮影

 アルバム「Lamp&Stool」、8月25日より発売中です。下は恵比寿駅のアトレにあるTea for Two Recordsにて。大展開、嬉しい限りです。近いうちにタワーレコードやHMVなどにも行ってみようと思ってます。

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 さて、今回は新しい2つのミュージックビデオができるまでを公開。8月某日、まずは「Two Tone」撮るために、鎌倉の七里ケ浜付近にて。

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 監督のツッチーこと土屋隆俊くん。録ってもらうのはこれでもう5〜6作目かな。

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 この日は強行スケジュール。場所を下北沢・mona recordsに移し、深夜から「Lamp&Stool」の撮影。 

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 ほとんどがレコーディングにも参加してくれたメンバーたち。

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 終了して明け方にスタッフ全員と。おつかれ〜、眠い、、、。

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i-radio&YouTube

 久々にインターネットラジオ・i-Radioを収録した。まずは mona records行(ユキ)さんの「Hello, mona records!」にゲストとして(8/16更新済み)。その続きは「現代HARCO博物館」にて(8/31から)。どちらも行さんが聞き手になってくれていて、付き合いも長いというのもあり、僕もリラックスしてあんなことこんなことを喋っている。

 行さんは先日のUstream(こちらでしばらく再放送中)でも司会として大活躍してくれて、もう有り難いことこのうえなし。下北沢mona recordsは9月いっぱい、「喫茶ハルコ」に。特別メニューもあり。間違って「ジャズ喫茶マサコ」(今は閉店中)に行かないように。

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 このお盆は休みをもらってあちこち遊びにいっていた。西東京に続き、自分のなかでは今「北関東」が熱く、陶器の街、茨城県の笠間市へ。sovasovaという大きな石の倉庫を改築した空間にあるお店の蕎麦クレープをいただきに。ピアノがあったのでオーナーの方に話しかけてみたら、とても楽しくてつい和んでしまった。
 
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 YouTubeにさりげなくオフィシャルページ誕生! 最新PVがチェック可能です。

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暗闇カフェ@国分寺カフェスロー

 先月、国分寺カフェスローでの定期イベント「暗闇カフェ」にHARQUAとして参加しました。ここは「100万人のキャンドルナイト」発祥の地。2001年、当時のブッシュ政権の大胆な原発推進に対して行われた、カナダの「自主停電運動」を目の当たりにした文化人類学者の辻信一さんが、後にこの店で始めました。

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 暗闇だからどこにいるか分かりにくいけれど、写真ではQuinkaがギターを座って弾き、僕がアコーディオンを立って弾いています。全12曲、PAも照明も無しの、完全生音ライブ。歌は出来るかぎり大きな声で、でも気を張りすぎないように。僕らのシンポジウムでは、最後の数曲のみいつもこういうスタイルでやってきましたが、こんなにたくさん歌うのは初めて。

 お客さんにとっても、この空間は新鮮だったのではないでしょうか。そして演じている僕たちにとっても、とっても貴重で、どこか神秘的な体験でした。音楽家にとって、きっと何らかのセラピー効果があると思います。暗闇で聴覚が研ぎすまされたうえに、マイクもスピーカーもない丸腰の状態。歌っていると指先の毛細血管までピリピリと熱を感じて、とても気持ちがよかったです。

 こんな機会を与えてくれたカフェスローの皆さんに感謝します。東京以外でもこんな完全アンプラグドのライブを、出来ればたまに企画していきたいと思います。





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